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 ISM研究会の皆さん,食の堕天使こと今井です。これまで長らく,“C級グル
メやられた君”を更新していませんでした。これは決して,私が幸福極まりな
い飲食人生を送っていたからではありません。それどころか,何度となく,や
られた体験を繰り返していました。正直に言って,忙しくて落ちを考える暇が
なかったのです。

 ですが,次々と襲いかかるやられた体験に対する憤りはあまりに強く,この
恨み,晴らさずにはいられません。そこで,落ちを考えるなんてことは抜きに
して,この場を借りて,私の私憤のありったけをレポートとして纏めることに
しました。読み物としては落ちも工夫もなく非常に出来が悪いので,お暇でな
い方はどうか読み飛ばしてください。

 てなわけで,“C級グルメやられた君”の第12話をお届けします。今回の店
は池袋のロマンス通りにあるビストロです。これまで方針が一貫していません
が,一応,新宿ルミネの東花房のような詐欺的な店──じゃなくて,そのもの
ズバリ食品詐欺を行う犯罪集団──などを除いて,なるべく店名を挙げるのは
避けようかとも思います。まぁ,別にオープンな掲示板ではなく,クローズド
なメーリングリストですから,この方針も次回から変更されるかもしれません
が……。

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 研究会が終わった帰り,浅川さんと一緒に池袋で食事をすることにした。池
袋は,私にとって鬼門である。外装・内装などから“ここはよさそうだ”と自
分で判断して一見で入った店で,旨かったためしがない。こういう疫病神と一
緒に飯を食うのだから,浅川さんもいい迷惑だ。

 われわれはとにかくロマンス通りの辺りをあちこち,うろうろした。私は疫
病神であるが,恨みを忘れざること魔太郎も及ばざるほどであるから,これま
でにやられた店は総て徹底的に記憶しており,注意深く避けた。

 だがとにかくあの辺りは店構えからしてご勘弁な店が多いのだ。そもそも本
屋とかビデオ屋とか按摩屋とかふれあい酒場とかが多く,その中から旨そうな
店を探すのは一苦労だ。われわれは何度もロマンス通りと西一番通りで挟まれ
たディープ池袋タウンをぐるぐると回った。その末に,結局,何軒かの候補の
中からビストロ風の店に入ることにした。

 店名は何かフランス風だが,黒板に書かれたメニューはイタリア風である。
ただ,案内されていくときに,どうもちょっと騒々しいことに気が付いた。ど
うやら二階で結婚式の二次会をやっているようである。だがそれもこれも,と
にかく旨いものが食えればどうでもいいことだ。

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 閑話休題。結婚式の二次会には,私は素敵な想い出しかない。例えば,スイ
スレストランで行った,高校の同級生の結婚式の二次会だ。ビュッフェ形式だ
ったのだが,これは素晴らしいものだった。

 先ずはスイス風 海の幸のサラダだ。スイスの人たちほど,新鮮な海の幸に
恵まれている国民はいないだろう。ムール貝,ブラックタイガー,紋甲烏賊,
真鱈──レマン湖で捕れたばかりの新鮮な海の幸が,まるで食べる宝石のよう
に光り輝いていた。

 極め付きはスイス風 ソース焼きそばだ。どうしてスイスでソース焼きそば
なの? 教〜えてお爺さん,教〜えてお爺さん,教えて〜アルムの森の木よ。

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 話を元に戻そう。ハウスワインを頼んだら,チリワインのボトルが出てき
た。実に不思議なワインである。このワインは飲む価値がある。このワインを
飲むだけでも,この店は行くに値する。ラベルには,カベルネとメルローとの
ブレンドと書かれているので,メドック風のフルボディを期待していると,素
敵に裏切られる。──渋みが全くなく,かと言って酸味もなく,ただひたすら
甘ったるいのだ。私はこのワインをマイ・スウィート・赤ワインと名付けた。
グラスを回すと不自然な香りが鼻に付く。

 私たちはオードブルとして,魚介類のマリネ,そしてトリッパ(牛の第ニ胃
袋=ハチノス)と白隠元豆のトマト煮を注文し,パスタとしてペンネ・ゴルゴ
ンゾーラを,また肉料理として牛肉のソテ ニンニク風味を注文した。

 先ずは魚介類のマリネ。サイマキからはすっかり水分が抜けているが,ま
ぁ,こんなもんだろう。

 次はトリッパ。ハチノスの下処理には大いに不満が残るが,まぁ,こんなも
んだろう。

 今度はペンネ・ゴルゴンゾーラ。どうもゴルゴンゾーラの香りがミステリア
スだ。なんかひねたような香りがする。だがミステリーには謎解きが肝要だ。
この謎はやがて解き明かされるに違いない。

 そして牛肉のソテ。これは凄い。むやみやたらに柔らかく,全く歯ごたえと
いうものがない。赤ワインでマリネされた牛肉がソテされていた。十分すぎる
マリネのおかげで,肉の固さとともに肉の味も消えていた。アルコールを飛ば
すためには,十分に熱を入れなければならないから,すっかり中まで火が通っ
ている。しかし,すっかり中まで火を通してもなお,ソテという技法ではアル
コールが飛んでいないので,なんとも苦い。これが大人の味というものだ。私
は大人の味を知った。もう今晩からは,おねしょをしなくてすむ。

 さて,当然と言えば当然だが,最後にマイ・スウィート・赤ワインが残っ
た。そこで,メニューにはなかったが,チーズの盛り合わせを追加で頼むこと
にした。すると,中皿にゴルゴンゾーラ,モッツァレラ,そしてゴルゴンゾー
ラのムースが出てきた。

 ゴルゴンゾーラがダブっていることには何も言うまい。それよりも,食後の
チーズだと言うのに,山盛りだ。こんなにたくさん,食べられましぇ〜ん。

 ゴルゴンゾーラはじっくりと,たっぷりと,時を惜しまず熟成されて,すっ
かり脱水症状を起こしていた。このパサパサとした触感は,キッチュでミスマ
ッチな魅力に満ちている。先ほどのペンネゴルゴンゾーラの風味もこれで了解
することができた。遂に謎は解き明かされたのだ。

 食後のチーズに,モッツァレラのような脱脂乳を原料とする──しかもフレ
ッシュタイプの──チーズが出てくるのには意表を突かれた。献立の妙と言う
よりは,妙な献立と言った方が,典雅であろう。もちろん,食後にモッツァレ
ラを食べてはいけないという法はない。食後だろうと,食べたければいくらで
も食べていい。しかし,これは客が選ぶ場合の話だ。食後のチーズとしては,
しかも(味はともかく一応は)カベルネとメルローを原料とする赤ワインが残
っている客に対しては,──プラトー(プレート)やワゴンに載ってきて客が
自由に選択することができるのであれば別だが──,店が盛り合わせたチーズ
にモッツァレラが入っているというのは冒険だ。ガンバの大冒険だ。

 旨いものには,多くの言葉はいらない。ゴルゴンゾーラのムースにも,多く
の言葉はいらない。どう考えても,二階でやってる結婚式の二次会の余り物
だ。てゆーか,ゴルゴンゾーラがダブってまんがな。て,て,てゆーか,こ
れ,ムースやんけ,チーズの盛り合わせとちゃうやんけぇ。──さて肝心の味
だが,八分立てに泡立った生クリームを純粋に味わうことができ,大いに満足
であった。

 給仕がやってきて,コーヒーはいかがですかなどと言うので,丁重にご遠慮
申し上げて,スタコラさっさとレジに向かった。その夜,私が浮かれて,スキ
ップしながら家路に向かったのは言うまでもない。