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 ためておいたネタなのですが,オチを考えつかないので投稿します。オチな
しです。つまんないっす。

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 高島屋の地下を徘徊,いや浮浪していたところ,野菜売り場から仄かにその
香りが漂ってきた。香水のようないい香りとは全然別物だが,人間の食欲を揺
さぶる香りだ。

 チョウチンアンコウの淡い光に誘われる哀れな小魚のごとく,ウツボカズラ
の甘い蜜に誘われる悲しき小虫のごとく,私はふらふらと引き寄せられていっ
た。いま思うと,この時点で,私は既にやられていたのだ。

 その震源地は野菜売り場の入口にあった。パックには「中国菌糸類」という
意味不明なラベルが張ってあるが,香りといい,見た目といい,明らかに黒ト
リュフだ。トリュフとは一言も書いていないが,明らかにトリュフだ。それが
どっさりと置いてある。

 私は思わず手にとって,値札シールを見た。なんと600円だ。一パックに小
振りなのが5〜6個は入っている。それで6,000円ではなく,600円だ。パリでも
こうはいかない。ここは日本のペリゴールだ!

 私は既に夢遊病患者になっていたが,総ての理性をなくしたわけではない。
最初に「仄かにその香りが漂ってきた」と書いたが,果たしてトリュフの香り
は「仄かに漂ってくる」ものなのか? あの香りは正にむせるほどではない
か?

 だがやはり圧倒的な食欲の前には,理性は無力だ。私の動物的本能は,私の
人間的理性をして,“仄かに漂ってくるに過ぎぬのは,パッケージのせいだ。
またたとえ一個一個に香りが少ないとしても,これだけたくさんの量があれ
ば,十分にそれを補えるだろう”という自己欺瞞に陥らせた。なんのことはな
い,理性は本能の掌の上で遊んでいただけなのだ。私の下半身に人格はなく,
胃袋に理性はない。

 その後のことは,私はよく覚えていない。とにかく,気が付いたら「中国菌
糸類」のケースを手にしてレジに立っている私の姿があった。私の意志に反し
て,私の足はマンボNo.5の華麗なステップを踏んでいた。

 私はオージービーフのフィレ肉のソテに,ソース・ペリグー(ペリゴール風
のソース=ソース・マデールに賽の目に切ったトリュフを多数,ぶちこんだも
の)を合わせることにした。

 先ずは切ってみる。確かにあの網の目模様が見える。間違いなくトリュフ
だ。だが固い。トリュフは普通の茸と較べて固いと言っても,いくら何でも固
すぎる。少しかじってみる。なんかパサパサってゆーか,バサバサしてるじゃ
ねーか。大体,トリュフの味も香りもしねーぞ。よーし,オチはわかった。こ
のトリュフは火を通すと熱で味も香りも活性化されるのだな。さぁ,いってみ
よう。イヤッホー!

 フォン・ド・ボーさえあれば,ソース・ペリグーは簡単である。手早くフィ
レ肉を焼いて,保温しておく。そのフライパンにマデラ酒を注いでデグラッセ
する[*1]。更に,水と白ワインを注いでデグラッセする[*2]。煮詰まったらフ
ォン・ド・ボーを入れる[*3]。たっぷりのトリュフを入れてから,ブール(バ
ター)でモンテ(乳化させてとろみをつける)して,塩胡椒。──これだけで
ある[*4]。

[*1]脂身の付いたロース肉の場合には,この前にデグレ
ッセ(フライパンにこびりついた余分な脂を捨てる)と
いう作業が必要だ。だが,脂身の殆どないフィレ肉の場
合には,通常,必要ではない。なお,これはまともなフ
ィレ肉の話であって,“和牛”の中には霜降りのフィレ
肉という,世にも恐ろしい代物があるようだ。

[*2]もちろん,マデラ酒だけで作れば,その分,マデラ
酒の味が濃厚になる。だが,私が使っているマデラ酒
(H.M.Borges社のミディアム・ドライ)の場合,それだ
けでは,ソースの味が若干甘くなりすぎるので,白ワイ
ンも使っているのである。また,白ワインだけでは酸味
が強くなりすぎるので,水で割っているわけだ。

[*3]たとえフォン・ド・ボーがなくても,ソテの場合,
デグラッセした肉汁だけで,十分旨い。名前は出さない
が,変な会社の変な缶詰めフォン・ド・ボーを入れるよ
りもずっといい。

[*4]なお,以上の作り方は,肉汁を利用する作り方であ
る。肉汁を利用しないときには,例えば最初にマデラ酒
でエシャロットの微塵切りを煮込み,そこにフォン・
ド・ボーを入れたりする(後は同じ)。この場合は,や
やさっぱりとした味わいになる。

 切ったときの感触がやや固かったから,私はやや早めにトリュフを入れるよ
うにした。──だが,できあがったものは,やはり硬質ゴムのような感じでし
かなかった。いや,そんなことはどうでもいい。それよりも,香りが足りねー
じゃねーか!!! よーし,オチはわかった。このトリュフは長い時間,火を
通すと熱で味も香りも活性化されるのだな。ヨッシャー!

 その日の深夜,真剣なまなざしで厨房に立つ一人の男の姿があった。──丸
ごとのトリュフを水から中火で煮出し,沸騰したらとろ火に落とす。こうすれ
ば,トリュフに十分に熱が加わり適度に水も浸透して柔らかくなりつつ,香り
と味が活性化されながら,しかもなおその流出を最小限に食い止めることがで
きるはずだ。流出した味と香りは残り湯で補うことができる。コトコトと,一
時間,さぁ,どうだ! ……全然駄目じゃん。

 私の目の前に香りも味もなく,黒いだけの汚水と汚物が残った。反省して思
うに,いくら中国産だからと言って,あんなに味も香りもなく,バサバサして
るはずがない。想像するに,中国産松茸の場合と同様に,冷凍室で長期間保存
していたのではあるまいか? そのために,水分も味も香りもすっかり抜けて
しまったのだろう……。